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イッセイエッセイ

1199号 スペインのこと―スペインの征服者たち(その5)

2017年01月11日(水)

 コンキスタドールによるインディアスの略奪と虐殺の顛末は、スペイン人の残虐、狼藉と中南米の原住民への同情を感じて読みたくもない部分である。ラス・カサスの『インディアスの破壊についての簡潔な報告』も本棚に飾ってあるだけで開いたこともない。『スペイン帝国の興亡』のはじめの第2章(15頁部分)も最後まで読まずに残しておいた。しかし実際目を通してみると本書のこの箇所では、スペイン人の征服行為の実際は重要なものとは扱われておらず、具体の描写もない。また記述もスペイン人に好意的であり、彼らに肩入れして歴史的評価をしているようにも読める。よってこの箇所を前後が不覚になったが、別立てでここに記す。

(インディアスの征服)
 「スペイン王室は、『征服者(コンキスタドール)』のひきいる軍隊をアメリカ大陸に送りこみ、まずコルテス(1485―1547)が1521年にアステカ王国を破ってメキシコを征服した。ついで1533年、ピサロ(1470頃―1541)がインカ帝国をほろぼし、首都クスコを破壊した後、新しい首都リマを建設した。スペインの植民者はインディオを労働力として酷使したが、聖職者ラス・カサス(1474―1566)のように、インディオの救済につとめた人物も一部には存在した。」(山川出版から)
 スペインによるアメリカ大陸の征服については、一般に世界史の教科書には以上のように記述されている。本書ではどうか。
 「新世界に最初に到着したのは当然のことながら若い独身の男であり、彼らの多くはすでに軍隊経験を積んでいた。社会的には、彼らは小貴族およびその下の下層階級の出身であった。というのは、上層の貴族階級はアメリカ征服になんの役割も果していなかったし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自分の農地から働き手を奪ってしまうような移民の計画を不信の念を持って見るきらいがあったからである・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。ところが、カスティーリャでは長子限嗣相続制が確立していたために、これが上層貴族や小貴族のあいだでは、次男以下の子弟移住を強く促す口火となり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼らは国内で否定された幸運を新世界で見つけ出そうとした・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。とくに郷士(イダルゴ)―コルテスのように、貧しいけれども貴族の家柄から出た者たち―は、アメリカ征服において目覚しい働きをしたばかりか、未知の世界において自分の運命を試そうとする気構えを持っていた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(第2章レコンキスタと海外征服<4>アメリカ征服 60頁、傍点小生)
 「彼らは、カスティーリャ本国で身につけていた野心・偏見・習慣・価値観などを持ち込んだ。まずなによりも、彼らは苦難や戦争に耐える訓練を積んだ職業軍人であり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そのうえ法律万能主義的傾向が非常に強く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・想像を絶するような場所や状況においてさえ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・探検家のメンバー一人一人の正確な権利と義務を決定するため・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つねに書類を作成することを忘れなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(同61頁、傍点小生)
 冒険家であったことがわかる。しかしながら互いの契約書を作成するなど弁護士や書記のような態度で征服の仕事をするカスティーリャ人の民族気質と流儀は、どこに由来するのであろうか。しいて『ドン・キホーテ』の中から類似の行為を捜してみるならば、小説の中に次のような主従の対話がみられる。

 「それじゃ旦那様」と、サンチョが言った、「その手紙の裏に、驢馬三頭の引換え証を書いておくんなさい。見たらすぐ分かるように、はっきり署名して。」
 「よかろう」と、ドン・キホーテが応じた。(『ドン・キホーテ』前編25章から)

 アステカ、インカの両帝国が数千人のスペイン人によってあっけなく滅ぼされたのは、彼らの弱さにあったように記述されている(『ゲルマーニア』に描かれる民族との違い)。
 「ふたつの帝国は、どちらも抵抗をほとんどすることができないような状況にある時に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、そしてどちらも自分自身に自信を失い・・・・・・・・・・、また、冷酷無情な神々によって支配されている世界に生き残る能力をも失って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・倒壊寸前の状態のまま・・・・・・・・・・、辛うじてふみ留まっている時に、不意をつかれた・・・・・・・のである。名声と富を渇望し、それを得る十分な能力のあることを自負していたコンキスタドールは、忍従を甘んじて受ける宿命論的世界の入口をまたぎ、十字架の旗印の下にその世界を征服してしまった。」(同64頁)
 フェルナンドとイサベル女王、またカトリック教会は現代風に言えば「人道」に寄与したことになる。
 「原住民の奴隷化と、大西洋の向こう側に新しく生まれた封建貴族階級の成長というふたつの傾向は、教会と国家が共同歩調をとって反対したために、その発展が止まってしまった。とくに修道士は、この件について、目覚しい働きをした。」(同<5>植民 68頁)
 このような評価をした後、以下の文章はややこみ入って解りにくいが、スペイン本国でできなかったような秩序ある統治が、100年後に新世界で完成できたのは、ひとえにフェルナンドとイサベルの統一国家建設の理想からしか説明できない、と言っているようである。
 「皇帝と有力な官吏は、ラス・カサスの不断の努力によってその良心を呼び醒まされたとはいえ、スペイン王室が自分だけのもっと利己的な目的のために、ラス・カサスの理想を支持する気になっていなかったならば、このように多くのことが実現できたとはほとんど考えられない。」(同73頁)

 スペイン帝国の興亡の250年間が世界史的にみて一体何であったのだろうか。本書によって、なにゆえにドン・キホーテとサンチョ・パンサが、スペインの大地の上を絶えず虚妄の念を抱きながら、食い物に飢え腹をすかせて放浪していたのかが理解できる。

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 全体の最後に、モンテスキューとカントの著作からの引用を付す。

 フランスの政治思想家、比較法制学者モンテスキューは、ハプスブルク=スペイン王朝が消滅した一世代後の時代に、「法の精神」(1748年)において、次のように論じる。
 「どんな偉大さも、どんな武力も、どんな国力も相対的なものである。現実の強大さを増やそうとつとめて相対的な強大さを減らさないよう、用心しなければならない。」(9編9章「諸国家の相対的な力について」)
 ルイ14世の治世中期であるフランスの相対的な力が絶頂期において、イスパニアは個々の国に分かれてしまっていて弱体であり、イスパニア全体を弱めていた、とモンテスキューは言う。
 また、「イスパニアがアメリカから引き出した富について」(第21編第22章)において、イスパニアと銀輸入との関係を論じている。
 ヨーロッパがアメリカとの商業の中に多くの利益を見出したとすれば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イスパニアがその最大のものを得たであろうと考えるのは当然であろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。(中略)しかし思いもかけないことだったが・・・・・・・・・・・・・不幸がいたるところでイスパニアを挫折させた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カール五世を継いだフェリペ二世は・・・・・・・・・・・・・・・・人の知る有名な破産宣告を三度もせざるをえなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。実際、日頃給料の支払の悪かった自分の軍隊の不平、非礼、反乱を彼ほど受けた君公はかつてほとんどいなかった。
 この時以来、イスパニア君主政は衷頽の一途をたどった。その富の性質の中には内在的で本性的な欠陥が存在し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その富を無意味なものにしたからである・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかもこの欠陥は日ごとに増大した・・・・・・・・・・・・・・・・
 金や銀は一個の擬制の富、あるいは標識の富である。これらの標識は非常に永続的で、その本性に似つかわしく、ほとんど自壊しない。その数量が増せば増すほど、より少ない物を表示することによりその価値を減少させる。
 メキシコやペルーを征服した時・・・・・・・・・・・・・・イスパニア人は自然の富を捨てて・・・・・・・・・・・・・・・それ自体で欠落する標識の富を取った・・・・・・・・・・・・・・・・・。(中略)イスパニアは毎年、同量の金属を得ながら、その価値は半減するばかりであった。」(傍点小生)

 あの真面目さ一辺倒の哲学者カントの著作の中に、「美と崇高との感情性に関する観察」(1764年)というかなり異色な作品がある。
 その第4章「崇高と美の異なる感情性に基づく限りに於ての国民性について」の部分は特にその感があり、奇妙な印象のある独特の観察が述べられている。生涯独身を通し、あまり旅行もしなかったであろうカントが、当時のどのような調査と根拠に基づいて、各国の国民性を考察したのかは知らぬ―近世日本でいえば「人国記」のような、信州人はどう、越前人はこう、三河人はどうといった類いのところの記述である―が、ヨーロッパ各国民の(美と崇高に対しての)心理的な特徴を分類描写している。
 その中のスペイン人について。
 「スペイン人は真面目で寡黙で、正直である。世界中、スペイン人よりも誠實な商人は殆んど無い。スペイン人は矜持心を有し、美なる行爲よりは偉大なる行爲に對して、多くの感情性をもってゐる。その混合状態に於ては、善良にして柔和な親切氣が餘り無いから、無常で且つ残酷な事すら屢にある。」

(2017.1.2 記)