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1203号 初春にござる

2017年02月05日(日)

 今日は旧暦でいうと正月の二日である。きのうが旧暦の正月である。薬剤師会の年賀会があり、最近とみに皆さんも大きな声で唄えるようになった新県民歌。また、途中で会員の若い人たちや事務局の5~6人が国体ダンスを笑顔で披露された。
 この会のあいさつで、今日は旧暦の元旦、あらためておめでとうございます、庭の梅の花が今朝、はじめてつぼみが花に咲き出したことなどをあわせて述べたのである。さまざまな新年会、年賀会は大体一月いっぱい、場合によっては二月の上旬まで催され、あいさつも改めて新年おめでとうございます、ということで通用する。
 今日もきのう以上にすばらしい快晴であり、福井も春のようである。1月に入って二度ほど上京したが、こちらが雪や曇天でも東京は今日のような天気である。福井の方では呑気にしていると、雪はもうわずかであろうが、何回か周期的にやって来るだろう。
 ここで世の中のことで理屈を述べるのは不粋なのであるが、一、二の思うことがある。
 一つは江戸時代が終るまでの所謂昔の旧暦は自然や生活の理にかなっているということである。
 とくに江戸(東京)では、いま将に冬至から一ケ月余をすぎ、日も長くなり、梅もほころび、文字通り春にならんという季節である。今年のように暖冬の北陸でも、全く同様の気分になる。戦後間もなくの小学生のころにもまだ旧の正月休みが1~2日あったようなかすかな記憶があり、あっという間に近代化、民主化の中で消えていった。
 話が夏に飛ぶが、七月七日の七夕というのは夏休みが近づいてくるので気持は高ぶるのだが、空模様はあまり合っておらず、星はキラキラしていないのである。新しい暦に百年、百五十年と世代を重ね、社会の制度も変化して馴れてしまい、気持もだんだんそれに合わさってしまった現代なのだろうが、改めてふり返るとさまざま思うことがある。
 行事を旧暦に戻すというのではなく、『季節暦』として食や特別の扱いが地域の中に作られてよいのではないかと思うこと、これが一点なのである。
 今年の中国の春節(これは旧暦)では、福井の蟹や観光地が人気を呼んで、ベスト10入りをしたという新聞記事(福井新聞2017.1.29)が見える。中国人のこの旧暦感覚がどういうものなのか聞いてみたい気がする。なぜ、現在の1月1日が天文学的にその日になったかは知らないが(現在のグレゴリオ暦も種々のいきさつがあって必ずしも天文学的ではないようだ)、ヨーロッパ地域の季節感のない暦がそのまま日本に入り、我々がこの正月を大事な最初の月にすると色々に違和感が出てくるのである。
 話がだいぶ横に逸れたが、旧暦ならずとも季節にふさわしく生活暦を考えて、行事や習わしを実行することができるならば、生活に深みが生まれるのではないだろうか。文芸の俳句の世界だけは旧暦をほぼ尊重していて歳時記はそのように作られている。あと数日すると冬の句ではなく、気持を早くして春の句を詠まなければならないのであり、日本の沢山の俳句愛好者は実際そうしているのである。そのために新聞、雑誌の入賞句は西日本が有利ではないかと思っている。
 それからもう一点は、実際的な問題である。これは旧暦・新暦には直接は無関係のことだが、暦の年月の表面にとらわれ、実際の季節にふさわしくない事柄を世の中で実行していないだろうか、という問題である。例えば大学のセンター試験は、1月の14日、15日に行なわれ、最も寒い季節にあり、雪国ではとくに受験生は難儀をする。風邪も流行の頂点にある冬の真最中の日程が選ばれている。ふつうのイベントであれば避けるところを、明治以来の全国統一の教育の制度だから、現行のこういう制度も、大学やとくに大都市の私学の都合に合わせていないだろうか。あとせめて1~2週間後送りをすると、寒い地方の子供はずいぶんと助かり、大袈裟かもしれないが点数も若干よくなる、不公平でなくなるだろうものを……。

(2017.1.29 記)