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イッセイエッセイ

1204号 理念の現実化と弊害

2017年02月05日(日)

(ゲーテの「箴言と省察」から)
 昔のノート類の積み上げている中に、カバーが厚くて硬いものがあったので、本を読むときに斜めに置く書見台の代わりにと使ってみた。使ってみたが、結局、使い勝手はそれほど素晴らしくないので止めにした。しかしその時にノートの頁を繰ってみると、かつて本を読んだときの引用メモが目にとまった。幸い'05.5.12と年月も記入してあるから、2005年、いまから12年前の記録である。メモの冒頭に「箴言と省察」とあるからゲーテの書物から抜き書きしたものであることがわかる。
 そこでその部分をもう一度読んでみたい気になって、ゲーテ全集第13巻(文学論/芸術論/箴言と省察)をざっと斜め読みした(岩崎英二郎・関楠生 訳 1980年 潮出版社)。
 これらゲーテ自身及びのちの人達が断片を編集して8つのカテゴリーに編成されている1390篇(ハンブルグ版1953年)のアフォリズムのうち、この全集にはほとんどの1238篇が掲載されている(巻末の解説による)。
 ゲーテの全人格から生じたさまざまの思いつき、観察、考察、思想など、どれも意味深長であるので、多くのものは当方の智能、経験を超えたところがあり、また今回の読書のタイミングと姿勢が不適なのか、頭にうまく入り込んで来ないのは残念であり、別の機会に挑戦せねばならない。恐らくは、現在の仕事に役立つ考察があるかどうかだけの着想で警句や格言を読んでいるのも原因しているのかもしれないと思う。
 思わずこう自己分析したのは、ゲーテの次のような文章に出会って感化されているからだろうか。
 「1つの重要な事実、1つの天才的な着想によって、非常に多くの人びとが動かされる。まずはそれを知るだけのために、次いでそれを認識するために、それからそれに手を加えて発展させるために。」(「箴言と省察」中の「認識と学問」から、全集274頁)
 「大衆は新しい重要な現象に出会うと、それがなんの役に立つかと尋ねる。これはまちがっていない。なぜなら、彼らは実利によってしか物事の価値を認めることができないからである。」(同上)

(格言の効用)
 そこで早速のことながら、役立ちそうな一文に出会った。
 どんな偉大な理念も・・・・・・・・・現実化するやいなや暴君のような働きをする・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。それゆえに、理念のもたらす利益はあまりにも早く損失に変ずる。だからどのような制度も、その初めを思い出して、その制度のうちで初めに妥当したもののすべてが今なお妥当することを説明できる場合にのみ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これを擁護し称賛することができるのである・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(同「社会と歴史」から、220頁 傍点小生、次文も)
 さらにすこし前にある次の文。
 「社会においてすべての人間は平等である。いかなる社会も平等の概念の上にしか築かれ得ず・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自由の概念の上にはけっして築かれ得ない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。社会のなかにわたしは平等を見出したいと思う。自由・・すなわち・・・・自分が社会に従属したいという道徳的自由は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わたし自身が持参する・・・・・・・・・・。」(同219頁)

 ゲーテの「箴言と省察」が1800年ごろから1830年あたりまでの作物とみられているが、この時代はフランス革命、ナポレオンの時代とその後、という時期であり、「平等」と「自由」についてのゲーテの見解のエッセンスは上記のようなものなのである(完全に腑に落ちる表現にはなっていないが)。
 ここから次のような構造とキーワード(傍点を付した語)を用いた文章を書くことができる。
 わが国の参政権の平等を確保するためのいわゆる『一票の格差』論の主張と運動は、これまでの明治維新の経過、そして敗戦後の新憲法の運用を考えるならば、冷戦の時代までは妥当・・してきた理念・・かもしれない。しかし身分や所得、性別などによる政治上の不平等が実質的に解消され、しかも一票の格差が現実・・に問題となっていた大都市と地方の地域的な政治力の関係が都市優位に変化してしまっている現実・・の今日では、もはや一票の格差論は社会に利益・・をもたらす制度ではなくなっており、むしろ国民の損失・・をまねく暴君的・・・な働きをする結果となっているので擁護することができない。

(その他ゲーテの言葉から)
 なお、冒頭に前述した10年余前のメモは、以下のとおりである。
 最初の一文「教科書……」の部分だけは、今回の一読の際にも自分の関心が向いたが、他の文章については通り過ぎてしまった。

(認識と学問)
 「教科書は魅力的であってもらいたい。魅力的になるのは、知識と学問のもっとも明朗で近づきやすい面を出して見せるときに限るのだ。」(272頁)
 「学問においては、例外にまどわされず、問題点を尊重することを心得てさえいれば、ただちに多くのことが確実となる。」(265頁)
 「理念的なことを平易にわからせるには、それを没趣味な形で表わさなければならない。まず自分でそれを実用面へ導入しなければならない。そうすれば世間一般に通用する。」(274頁)
 「どのような現象も、斜面のように取りつきやすい。直角三角形の背部の一片は切り立って、到達すべくもないが、斜辺はらくに登れるのである。」(280頁)

(思考と行為)
 「誤りは絶えず行為において繰り返される。それゆえに、真実を倦むことなく言葉において繰り返さなければならない。」(250頁)
 「真実を見出すよりも、誤りを認識することのほうがはるかに容易である。誤りは表面に現われ、始末がつけやすい。真理は奥底にひそみ、その探求はだれでもできることではない。」(251頁)
 「真理は促進する。誤りからは何も発展しない。誤りはただわたしたちを混乱させるだけだ。」(251頁)
 「カントは意図的に、ある圏内に自己を限定し、イローニッシュに、つねにそれを超えたかなたを指示する。」(247頁)

(2017.1.20 記)