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イッセイエッセイ

1253号 戦争はなぜ起こったか

2017年07月22日(土)

 イギリス・オックスフォード大学の近代史家であったテイラー(1906-1990年)が著した『第二次大戦の起源』(1961年)を読んでみた。
 訳者・吉田輝夫(1929年~ 西洋史学)の巻末解説によれば、従来の「正統的」な第二次大戦勃発の原因論、つまりヒットラーによる計画的に準備された対外侵略策と、これに抗する断固性を欠いたイギリス・フランスなどの宥和政策が大戦争の原因だとする支配的考え方に対し、このテイラーは正面から反対の意見を述べ、出版直後から大論争を引き起こしたという。
 通説とは違ってヒットラーが首尾一貫した体系家ではなく徹底した機会主義者であったとみなし、その上で、宥和政策の側にも成功のチャンスがあったと反論しているのである。その結果、当時、ドイツのネオ・ナチ派は速断、誤解をして、テイラーの説を戦争責任を否認してくれる見解として歓迎した。(これがテイラーに対する無理解であることは、今日では疑問の余地はないそうだ)。
 テイラーの真の主張は、先の大戦がヒットラーによる犯罪という見方ではなく、その背後にあったドイツ支配層の内外政に対する全体の責任を問題にしたのであり、さかのぼっての第一次大戦の原因と第二次大戦の責任とを、ドイツという国家において連続させて見ているのである。つまり、両大戦は断絶していないという考えであり、第一次大戦にヨーロッパ諸国が欲せずして滑り込んでしまったとか、第二次大戦は老獪なイギリスの政治家によってヒットラーが戦争に強制させられた、というような事ではないとの解釈である。
 テイラーが主張するところの、戦争遂行についてのヒットラーの計画性の弱さ、それを裏づけるドイツの戦争準備(軍備)の不十分さ、の論証に関しては学界ではテイラーの説の通りには容認されておらず批判があるようだ。訳者・吉田輝夫も、テイラーの手法は(外交文書や回想録に主として資料を依拠)、ナチ側の対外政策を詳細に把握できていないと疑念をはさんでいる。
 一方で訳者はテイラーの主張のすぐれた点の1つとして「ドイツ問題」の叙述をあげている。
 すなわち、ヴェルサイユの賠償問題の解決の仕方が本来期待すべき国際緊張の緩和をもたらさず、いかに国際対立を醸成していったかを見事な筆致で描いているとする。このナチズムを「ドイツ問題」との関連で把握するテイラーの考え方は、いまや(1970年代のこと)全く批判がみられず、学界の共有財産になっていると述べる(343頁)
 また訳者は、テイラーの歴史記述の手法に関して、従来の外交史的手法を用いて大戦の勃発を説明しているにも拘わらず、英国の研究態度がドイツのランケ以来の「外政優位」の手法とは異なり、内外の政策を統一的にとらえる態度に立っている(例えばチェンバレンの宥和政策と英議会との関係の記述など)、テイラーが第二次大戦の起源を、結論的に英・独双方の過誤と失策の結果と説明していても(ロイド・ジョージが実際考えたのと同様)、学問的な水準は高いと記す。
 戦争勃発の事情ないし原因を、外交交渉のなかにのみ求めるのではなく、内政的諸条件に規定されながら立案される対外政策が、政策担当者の人格を経て外交交渉の中に投入される過程を十分に踏まえたうえで外交交渉を検討している。したがってテイラーが過誤と失策と叙述する場合、いわば単なる偶然ではなく必然性を媒介とする偶然としてこれを理解すべきであるとする(344頁)(このあたりの訳者の解説はやや観念論にわたる表現のところあり。)

 (A.J.P.テイラー「第二次大戦の起源」吉田輝夫訳 中央公論社 昭和52年)

(2017.7.8 記)