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イッセイエッセイ

1257号 怪力武勇譚

2017年07月29日(土)

 「宇治拾遺物語」(12世紀から13世紀前半)は、後代の西洋でいえばルネサンス期である14世紀のデカメロンやカンタベリー物語、下って17世紀初頭のドン=キホーテ等と一見相似た聖俗混然とした物語であり、日本の伝統から見ると説話集である。
 その物語の中で平安末期ごろの人々にとって関心の向くものは、生死をふくめ人間に力をもって影響を及ぼす、霊仏の力、百鬼の力、それに世俗の力などであった。さらにこれに次ぐものとして、個人の怪力、武勇などが人々の驚異の的となって強い印象を与えたものと想像する。
 物語の中から特にこの種の個人の怪力や武勇にまつわる説話を、暑気払いもかねて敢えて捜して取り出すと次のようなものがある。読んでみて痛快さ面白味の順は、光遠の妹、橘則光(清少納言の夫のことであり)、藤原保昌(和泉式部の夫でもあり)、門部の府生(弓の名人・内裏の衛士)の順かと感じる(内容は以下略、抄文のみ)。

 <28話> 袴垂はかまだれ保昌やすまさに合う事(大盗賊が圧倒される武人保昌の時代劇的な迫力)
 いよいよ笛を吹きて行けば、試みんと思ひて、足音を高くして走り寄りたるに、笛を吹きながら見かりたる気色、取りかかるべくも覚えざりければ、走り退きぬ。 

<31話> 成村(なりむら)、強力の学士にあふ事(上には上がある怪力層の行状)
 その相撲すまいを細き杖などを人の持たるように引き下げて、かたへの相撲に走りかかりければ、それを見て、かたへの相撲逃げけるを追ひかけて、その手にさげたる相撲をば投げければ、振りぬきて二、三段ばかり投げられて、倒れ伏しにけり。身砕けて起き上るべくもなくなりぬ。

 <119話> 吾妻人あずまびと生贄いけにえをとどむる事(生贄の娘を食う大猿を退治して、娘と結ばれる東人の勇者)
 かかる程に、あづまの人の、狩といふ事をのみ役(やく)として、猪のししといふものの腹立ち叱りたるは、いと恐ろしきものなり。それをだに何とも思ひたらず、心に任せて殺し取り食ふ事を役とする者の、いみじう力強く、心猛く、むくつけき荒武者の、おのづから出で来て、そのわたりに立ちめぐる程に、このむすめの父母のもとに来にけり。 

<132話> 則光(のりみつ)、盗人を斬る事(蔵人の則光が泥棒一味を自在にやつけ、翌朝別人が自分の手柄として吹聴するので安心する)
 今は昔、駿河前司、橘季通が父に、陸奥前司則光といふ人ありけり。兵の家にはあらねども、人に所置かれ力などぞいみじゅう強かりける。世のおぼえなどありけり。 

<135話> 丹後守保昌、下向の時致経(むねつね)の父にあふ事(これも武人保昌の話し、他の武人のたたずまいを見て、ただならぬ人物と相知る)
 「一人当千の馬の立てやうなり。ただにはあらぬ人ぞ。咎むべからず」と制してうち過ぐる程に・・・ 

<166話> 大井光遠(おおいのみつとう)の妹 強力(ごうりき)の事(相撲取りの兄君よりさらに腕力にすぐれた麗しき妹姫)
 「年廿六七ばかりなる女の、みめことがらけはいもよく姿もほそやかなる」ありけり。<…>人に追はれたる男の刀を抜きて走り入りて、この女を質に取りて、腹に刀を差し当ててゐぬ。<…>さこそほそやかに女めかしくおはすれども、光遠が手戯れするに、捕へたる腕を捕へられぬれば、手ひろごりて、ゆるしつべきものを、あはれ男子にてあらましかば、あふ敵もなくてぞあらまし。口惜しく女にてあるといふを聞くに、この盗人死ぬべき心地す。 

<176話> 寛朝(かんちょう)僧正、勇力(ゆうりき)の事(ある高僧、みずからの怪力の発揮を見覚えせぬこと)
 ちうと立ちめぐりて、尻をはたと蹴りたりければ、蹴らるるままに男かき消ちて見えずになりにければ<…> 

189話 門部府生(かどべのふしょう)、海賊射返す事(弓の名人、海賊を一矢に仕止めて退散さす)
 この府生騒がずして、ひき固めてとろとろと放ちて、弓倒して見やれば、この矢、目にも見えずして、宗徒の海賊がゐたる所へ入りぬ。はやく左の目にいたつき立ちにけり。海賊、「や」といひて、扇を投げ捨てて、のけざまに倒れぬ。

(2017.7.17 記)