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1270号 攻撃的な防衛という難問

2017年10月11日(水)

 ある国家の戦力が何の為に存在するものなのか、各国の憲法をみてもそんなに明瞭なものではない。国を守るつまり防衛と言った場合、専守防衛から予防戦争まで範囲が広く、またそれぞれについて意味が不確定である。特に近代に至って各国が遂行した戦争の意味を自ずからどう考えたかは、すこぶる苦悩の経過の歴史である。たとえば第一次大戦直前のフランスなどは、外交上において近守遠攻の姿形を取りつくろっている。いずれにしても近代戦争は、動機主義ではなく結果主義として判断されるものであり、負けずに終結できての話しなのである。
 「条約該当事由<仏露軍事協定の>が生じた際に、ロシアがどれだけ早く、どれだけ多くの兵員を動員するのか、そしてどの方面に兵士が配備されるのかという問題が、1912年夏と1913年夏の仏露参謀幕僚間の議論を支配していた。1912年夏の討議において、フランスのジョゼフ・ジョッフル参謀総長は、東プロセインならびにガリツィア国境<墺領、ポーランド突出部に隣接>へと通じる鉄道路線をすべて複線化す(・・・・・・・・・・・・)るよう(・・・)、ロシア側に求めた。ジョッフルの主張では、幾つかの戦略的に重要な路線については、多数の部隊をさらに早く移動させられるよう、複々線にするべきでさえあった。<……>ポアンカレは同盟の(・・・・・・・・・)相手側であるロシアの強化を促すため(・・・・・・・・・・・・・・・・・)できる限りのことを行った(・・・・・・・・・・・・) 。」(C・クラーク「夢遊病者たち」下巻462頁)

 複線化、複々線化などというインフラ促進のフランス側の対露要求を読むとき、まるで現代の公共事業の問題のような響きさえ感じる。

 「ポアンカレは、ジョッフルを自らの戦略構想に格好の軍事面でのパートナーと見なした。確かに、()つかの点では意見の相違(・・・・・・・・・・・)もあった。そのことを端的に示す一例が、ベルギーの中立問題である。」(同465頁)

 「ジョッフルはベルギー通過によるドイツへの先制攻撃を主張した。これこそがドイツに対するフランスの数的劣勢を相殺する唯一の道であった。<…>しかし、ポアンカレは、ベルギー侵攻はイギリスの世論の反発を招き、エドワード・グレイがパリとの約束を果たせなくなる危険があることを理由に、ジョッフルの案の検討をにべもなく拒否した。これは(・・・)フランス共和国における武官に対する文官の権(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)威の優位を明確に示す事例である(・・・・・・・・・・・・・・・)と同時に、東部での条約該当事由についての極めて攻撃的な理(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)解と(・・)フランス国境での防衛的な戦略アプローチを組み合わせたポアンカレの先見の明や優れた才(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)気を如実に示すもの(・・・・・・・・・)であった。これこそは(・・・・・)1914(・・)年に幾つかの交戦国が直面した難問(・・・・・・・・・・・・・・・・)すなわち(・・・・)()()()()が攻撃的に開始されねばならないという逆説的な必要性(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)に対するパリの回答であった(・・・・・・・・・・・・・)。」(同465-466頁)

 こうした単純ならざる複雑思考がこの百年間、日本には果たして存在したであろうか。

 

(2017.9.4 記)