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イッセイエッセイ

1272号 均衡の理論と実際の歴史

2017年10月12日(木)

 バランス・オブ・パワーという考え方の弱点の1つに、その実効性の面における不確実性がある。力の量的把握が、力学のように静態的には困難であることを意味している。(モーゲンソー『国際政治』から91頁以下)
 例えばある国について、実際の領土、人口、軍備の中にパワーの強度を測る基準を一応は発見できるであろう。しかし、そのほかに「特に対外事象の処理における国民性、なかんずく国民の士気と政府の質は、国力の構成要素の内で最も重要であるが、しかしまた最もとらえ難いものである。<…>危機と戦争によって実際にテストされて初めて明るみに出るのである。」(93-94頁)、という工合だからである。
 例えば第一次大戦直前における事例として、「フランスに対するイギリスの約束についてのイギリスの秘密政策は、次の理由から広く批判された。もしドイツが、フランスおよびロシアにイギリスが加わることを前もって知っていたならば、すなわち1912年11月のイギリス・フランスの協定を承知の上でそのバランス・オブ・パワーの計算をなすことができたならば、ドイツは決してフランスおよびロシアに対する戦争をしなかったであろう、ということである。しかし、イギリス、フランスおよびロシアの政府はいずれも、1914年8月の時点でこの協定がバランス・オブ・パワーにとって何を意味するかということを、彼ら自身が前もって全く確信できなかったのである。したがって、たとえドイツ政府がその協定を知っていたとしても、ドイツは、第一次世界大戦前夜において力の実際の配分がどのような物であるかということを確信できなかっただろう。諸国家からなるあらゆるバランス・オブ・パワーに固有のはなはだしい不確実性というこの条件の中にこそ、われわれはバランス・オブ・パワーが第一次世界大戦を阻止できなかった理由を求めなければならない」(100-100頁)

(2017.8.31 記)

 過去を知っており、未来を予測するのが人間であるが、肝心の現在が不確実でよくわかっていないのがまた人間であるからバランス・オブ・パワーの構造が目の前に存在しても実行に失敗するのである。
 パスカルは言っている。「世の中には、あらゆるよい格言がある。人はそれらの適用にあたって、しくじるだけである」(パンセ第6章380頁)
 また「サピエンス全史」の著者ユヴァル・ノア・ハラリというイスラエル人の歴史学者は、次のようなことを書いている。
 「当時生きていた人々が最も無知だ」、「歴史はどの時点をとっても、分岐点になっている」。
 歴史の全体像を眺めた場合、ホモサピエンスは交易、帝国、普遍的宗教によって拡大と統一、多数の小さな文化から少数の大きな文化へ、つまり単一のグローバルな社会への変遷は、「人類史のダイナミクスの必然的結果だったのだろう」と述べる。しかし、歴史の特徴として、どのようにそうなったかは説明できても、なぜある可能性が現実になったか(因果関係)の説明ができない。また、歴史の選択は人間の利益のためになされるわけではない。進化と同じで、歴史は個々の生き物の幸福には無頓着である。とも述べる。
 「歴史が人類の利益のために作用している証拠がないのは、そのような利益を計測する客観的尺度がないからだ。」(いずれも、「サピエンス全史」下巻第13章「歴史の必然と謎めいた選択」43頁~52頁から)

(2017.10月 追記)